ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

「知る」と「理解する」は違うんだよね。



自分で言うのも何ですが、最近自分のblogが
イタイモノになりつつあるようでちょっと怖いです。
まあ…でも書いたらスッキリする人なのでイタイのには
少々目をつぶっていただいて読んでくださると嬉しいです。






身体が不自由になってから2年ほどが経ちました。
不自由になってからの生活はそれはもう色々ありすぎて
「なんか本でも出版したろか」と思うくらい(笑)。



私は有難いことに自分の病気を理解し、気遣い、手伝ってくれる友人が
たくさんいます。もう本当に頭がさがる思いで、とても嬉しいです。
いくら感謝してもしきれないくらいです。
ですが…近くには誰一人いません。
両親は病気を「知って」はいますが、「理解」はしていません。
一緒のようですが、実は全く違うと私は思っています。


私に限らず…それこそ風邪でもインフルエンザでも。
近くで病状を理解をして、協力してくれる人は必要だと思います。
癌やエイズ、そして私の病気など…先の見えない病気だと尚更です。
でも私の近くにはいません。立てない足でひとりぶんばるしかない。
激痛と闘い、全身のだるさと闘い、病に犯されていく心とも闘わないといけない。
甘えかもしれませんが…やはり「理解者」が近くに欲しいのです。



もちろん黙っていては伝わるものも伝わらないので
両親に何度説明をして、説得をしたことでしょうか。
(これをするだけでとんでもなく体力を消耗します)
いったんは分かってくれるのですが、どうも理解にはつながらないようです。
最近は説得するのも疲れ始めてきました。





さらに追い打ち…というほどでもありませんが、世間はおりしもGW。
誕生した甥っ子を祝いに多くの方が我が家を訪れます。
そのたびに私は……実は隔離されます。
両親曰く「祝い事に障害者で水をさすわけにはいかない」そうです。
でも私の部屋と甥っ子たちがいる部屋は襖1枚へだてただけのもの。
賑やかな、そして幸せいっぱいの談笑が否が応にも聞こえてきます。
とっても辛くて…悲しくて…もうなんて言えばいいのでしょう。
音楽プレイヤーで音楽を聴きながら耳を塞いでいました。
音楽を聴きながら泣いていました。





目に見えないだけに「理解」するのはとても難しい。
両親の今までの人生や観念を覆すほどのことです。
そう簡単にはいくはずがありません。それこそ5カ年計画です。
両親は何も悪くありません。


でも私は、どうか近くに「理解」してくれる人が欲しい。
「車椅子ごとの私がいい」と言ってくれる人が欲しい。
それまでは頑張るから…どうか現れますように。