ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

1歩前進…かな!



言われるまで自覚がなかったのがタチが悪すぎますが…
最近の日記は自分の感情で大荒れでしたね。
それだけ色々ストレスとか悲しい感情とか怒りとかがたまっていたのかな。




詳しく書くと、それだけでひとつの記事になってしまうので割愛しますが
幼少期から実家は私にとって「地獄」のひとつでした。
虐待を受けていたからです。いい思い出なんぞ何もありません。
(※両親に言ったら「覚えてない」と言われましたけど^^;)
離婚する時…元夫ですら「実家に戻ったら早死するね」と言ったくらいです。
出来れば戻りたくなかった場所。でも戻るのはここしかなかった。
その覚悟をして…そしてもう1度味わっている「地獄」。


その実家で暮らして半年以上が過ぎました。
自分で言うのもなんですが、堪忍袋の尾はすごく長い自信があります。
それでもブチギレてしまったほど…たまっていたのですね。
自覚がないだけ恐ろしい。




そして昨晩…体調が悪いというのに、ついにfacebookで大爆発して
友人たちに八つ当たりをしてしまって…今でも大反省中です。
でも…そんな友人たちは私を許してくれて、一緒に打開策を考えてくれました。
闘病生活をするには…あまりにも酷い私の家庭環境について、
自分たちの意見をたくさん書いてくれました。
そして何より「自分たちを頼れ。甘えろ」と言ってくれました。


そんな彼らに背中を押されたように…今日、話し合いをしました。


いかに私が酷い環境にいるのか、自分たちがやっていることを自覚しろ、
私を早死させたいならわかるが、させたくないのなら考えなおせ。
何なら福祉課や法テラスやコネでも使ってこの家から脱出するし
そのために家庭内裁判することだって厭わない。
私の現状をメディアの力でも何でも使って公表するのも厭わない!



話し合ったのはこれが初めてではありません。
もう幾度と無くしました。怒りました。泣きました。ぶつけました。
それでも…旧習に囚われたように動かなかった両親。


あくまで、今思うと…ですが。
今までの抗議は「イイコちゃん」だった気がします。
子供の頃から「他人のために自分を犠牲に」と躾けられたせいか
(これも両親は自覚がなかったそうです…orz)
どれだけ暴れても、やっぱり「イイコちゃん」だったのでしょう。
ひとというものはそう簡単に変わりませんから…。
幼い頃から植え付けられたものなら尚更です。


でも今回は冷静ながらも「喧嘩上等」の勢いで話し合いました。
法律やら何やら物騒(?)なネタを出して、あまり褒められる行為ではありませんが
ある意味半分脅したみたいなものでしょうか。34歳にして初の反抗期です(笑)。


でも、そのおかげで


●父方の祖母は無理だけど(ちょっと色々あるんですよ…)
 基本的に隠すことはしない。


●出かけたいところがあったら叶える


●自由に楽しく生活させること



の約束はとりつけました。
「たったこれだけ?」と思われるかもしれませんが…
今までの私はたったこれきしのことすら許されなかったのです。
ミリどころかナノ単位じゃないかと思うほど小さな1歩ですが
私にとってはとても大きな前進です。


当日の私の体調にもよりますが、さっそく金曜日にリニューアルした
某大手ショッピングモールへ連れて行って貰う約束もしました。








前進が出来たのは八つ当たりしても受け止めてくれて
いつでも心のなかで支えてくれている友人達のおかげあってこそです。


いっぱい心配かけてごめんなさい。
八つ当たりしてごめんなさい。
でも…ありがとう。


私は友人の縁には恵まれて…幸せです。
皆さんのおかげです。本当にありがとう。




心から感謝と愛をこめて。