ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

高橋智裕さんの講演会・参加者さまの声



「まだあるんか!」と言われそうですが、書かせて下さい。
書きたいことがいっぱいいっぱいあった1日だったのです。
この駄文blogからでも…少しでも伝われば。
いえ、伝わらなくても。自分のために書きたい。忘れないために。




講演会のあと、参加者さまとの質疑応答がありました。
皆様、様々な想いをかかえてここにいらっしゃったのだな…と
つくづく思いました。関心だけではないものもあると。
印象的だったのが、阪神・淡路大震災で奥様とお子様を亡くされた方と
福島県から愛知県まで避難してきたお方のご意見でした。



阪神・淡路大震災で奥様とお子様を亡くされた方。
とてもお辛い姿となった愛する家族と再会したその方。
今もなお苦しみながら…心癒されることなく過ごしていらっしゃる。
お坊様の姿をしていらっしゃいました。ご出家なさったのでしょうか。
涙を浮かべながら、その辛い体験を語ってくださった勇気に感謝申し上げます。
そうです。阪神・淡路大震災だってまだ「被災地」なのです。
街はあの頃が嘘のように綺麗になっても、人の心はあの日のまま。
あの日で止まったまま、暮らしている方がたくさんいる。
あらためて東日本大震災とともに阪神・淡路大震災のことも考えることが出来ました。




もうおひとりの福島県からご家族で愛知県まで避難された方。
ネットでも氾濫しておりました。
避難する人へ向かって「裏切り者」という人がいる。
避難するかどうかで揉め、離婚にまで至った人がいる。
避難しても、その先で謂れ無き差別を受ける。
差別はなくても申し訳ない気持ちがある。


誰が楽しくて故郷を離れることでしょう。
悩みに悩んだ…苦渋の決断だったことでしょう。
もう2度と帰れないかもしれない場所に故郷がある。
そんな現実に対して、どうして冷たい言葉をかけられるでしょう。


その方も「故郷を捨てた気持ちと避難先に申し訳ない気持ちがある」と
2つの苦しみを率直に話してくださいました。
生で避難者さまの声を聞いたのは初めてでした。
話してくださったその方の勇気にも感謝申し上げます。




もしかしたら、私が知らないだけかもしれませんが…
今のところ我が近所に避難してきた方はいません。
もし、いらっしゃったら。
故郷を想う気持ちを和らげることは決して出来ませんが
せめて、せめて、あたたかく迎えたい。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ少しでも休んでください。
困ったことがあったら遠慮なく言って下さい」と両手を広げて迎えたい。
そう思っています。






高橋さんだけでなく…参加者さまからも色々勉強させて頂きました。
本当にありがとうございました。