ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

私が被災地を応援したい理由。



毎月11日には東日本大震災について日記をかく。
昨年12月からはじめてばかりですが12日には信越県境地震について。
身体がどれだけ辛かろうと、書かなきゃ気がすまなくなっています。


そして被災地の商品…特に被災者の皆様に直接お金が行き渡るものを買う。
もちろん私の財布から出る金額は微々たるものですが、それでも買う。


クリック募金だってそうです。本来ならば自分の財布からもっと出したい。
でも出すことが出来ないので、クリックと企業様のお力を借りる。




別に東北や長野県・新潟県に親戚がいるわけでも
特別な思い入れがあるわけでもない。
それでも、ひとりよがりだと分かっていても応援したい理由。




震災が起こった2011年。

私は今の病気を発症し、専業主婦をしていました。
2本の杖を使ってならば、まだなんとか歩ける頃でした。
ですが、杖でも限界を感じており、車椅子の購入を考えていました。
(その当時は手帳も持っておらず、自費で賄う予定でした)
杖をつきながらヨロヨロと歩き、ちょうど座った時。
東日本大震災は起こりました。
当時TVがなかったため、動画サイトで現地の状況を知りました。
Twitterfacebookは震災情報一色。
とんでもない揺れ。この世のものとは思えない津波の威力。
海の上で燃える炎。原発の爆発…。ここは本当に日本なの?
いつまでもパソコン画面から離れることが出来なかった。
布団に入っても「こんな呑気に寝ていていいのか」と思いました。


その翌日には長野県と新潟県でこれまた大きな地震が。
ですが、東北の状況が酷かったあまりに情報が見えなかった。
私自身も東北の状況にばかり目を向けていました。




そして震災後。
震災とは全く関係ないのですが、私の身体はどんどん悪化し
一気に車椅子必須・ほぼ寝たきりの人生になりました。
「坂を転げ落ちる勢い」とはまさにこのことか、というくらいでした。


比べるのもおこがましいことですが、被災地のあまりに辛い状況と
無駄なほど元気だったのに、一気に身体が不自由になった我が身を重ね合わせ
どうしても他人事とは思えなかったのです。


「どうして?」と聞かれてもよく分かりません。
自分には家もライフラインもご飯だってある。お風呂にだって入れる。
被災地の方々は家すら流されてしまった方がたくさん。
ライフラインはおろか食事すら厳しい状況。


あまりにも違いすぎるけど…「当たり前」をなくした気持ちに共感し、
自分はまだ恵まれている。甘えるな。
私は被災地に対し、何かすることがあるはずだ。
そんな気持ちに駆られているのかもしれません。
(なんだか上から目線な文章で申し訳ありません。うまく書けなくて)





意味がないと言われても。偽善だと言われても。
自己満足にすぎないと分かっていても。
私は被災地を応援したい。寄り添いたい。
理由なんてどうでもいい。
1粒にもすぎない力でも、いつかは大きな山になることを信じています。