ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

祖母と語る。



本日の夕方に帰ってしまいましたが、お盆過ぎから
母方の祖母が泊まりにきてくれました。
祖母は両親以上に(というか比較するのもおかしいくらい)
私の病気を理解してくれ、気遣ってくれます。


いつもは1、2日で帰ってしまうのですが
今回は「せっかくだし」とゆっくりしていってくれました。
そんなわけでひとりぼっちが多い私は祖母とゆっくりお話。
季節が季節なだけに話は戦争当時のネタが多め。




戦前は女学校へ通っていた祖母。
白い襟のついた上着とスカートの制服。
当時を考えるとつくづくお嬢様だったんだなあ、祖母は。
(家に女中が何人もいたらしいです。今はいません)
孫はこんなオラオラでお嬢様の欠片もないですけど(笑)
女学校ではアルファベットやローマ字も習っていたのですって。
ちょ、ちょっとなんですか、それは。ハイカラさんですな。
話を聞きながら、ついつい大好きな中原淳一先生の世界を思い浮かべてしまう…。


でもそんな女学校生活も2年で終わり。
最後の1年間は学徒動員としてかりだされました。
せっかくのおしゃれな制服もモンペに変更。
終戦間近だったため、工場へ行っても仕事はない。
でも仕事はなくても行かなくてはいけない。
軍需工場がゆえに敵の攻撃も多く、避難してばかりの1年だったそうです。
当然…卒業もなく、卒業証書もなく、終戦。




戦前の美しい日本も、戦争の悲惨さも、その後の高度成長期も
バブルも不況もぜ~んぶ見てきた祖母。
なんかそう思うと…もっともっと色々話したくなる。
まさに「生き字引」ですものね。


おばあちゃん、また遊びに来てね。
いっぱいお話してね。待ってるよ。