ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

理解できなくても仕方ないけど、それをバカにするのはおかしい



このblogではしつこいほど書いておりますが。
私の病気は「目では見えません」。
あくまで私の場合ですが、検査データ上は「健康な人」なのです。
数値で出てこないのです。何もわからない状態です。
黙っていれば本当に普通の人と変わりありません。
ただ、車椅子に座っているから「何かある」のがわかるだけ。
車椅子じゃなかったら…どこからどうみても健常者です。




ですが私は病気です。
私の病気は非常に誤解を受けやすく、偏見もあります。
時に精神病とも間違えられ、症状が悪化する方もいます。
どれだけ「なんでもいいから何か目にみえたら…」と思ったことか。
誰が好きこのんで、この歳で車椅子での移動生活を選ぶでしょう。
寝たきりの生活を喜んで受け入れるでしょう。





先日「病気を両親に理解してもらえないんだ」というメールのやりとりをしていました。
相手からは「目に見えないし、世代や考え方も違うからね」と返事が。
そう、ひとりひとり考え方は違いますし、世代の差もある。
育ってきた環境や職業柄だって影響することでしょう。


ですが。


理解できないのは仕方ないとしても
それをバカにしたり、責めるのは許せない



私が「病気だ!」というのと同じように
「あなたは病気じゃない!」という意見だってあるでしょう。
そりゃいつかは理解をしてほしいですし、そのためには
自分がきちんと訴え伝えていかねばと考えています。


「病気じゃない」はともかくとしても。
「ただの怠け者だ」「詐病だ」ってどうして言い切れる?
偏見の目でみる?患者を責めて追いつめる?
そこまでの権利はあなたにはないでしょう?



お互いを理解するのってすごく難しいと思う。
でも相手の意見を全否定してバカにする権利は誰にもない。
もちろん私にも、です。


「理解してもらうにはどうしたらいいだろう」と考える日々です。
「理解してもらうには何をしたらいいだろう」と悩む日々です。





私はいつか障害者手帳も車椅子もお返しし、障害年金も打ち切る!
そんな日が来ることを信じつつも、今の病気の理解を求めて
自分なりに生きています。きっとどこかでつながるよね。