読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

理解と闘病環境はなによりの薬


私の病気に限ったことではありませんが。

病気と闘う者。
医師とのやりとり、投薬、治療など日々色々な「薬」と付き合います。
今のところ、私は自分に合う薬が見つかっていません。
西洋東洋問わず、数えきれないほどの治療法にチャレンジしましたが
今、私が服用している薬は先進安定剤と睡眠薬です。
薬だけみると私の持病とはとても結びつきません。




全世界の患者さんを調べたわけではないので絶対ではありませんが
主治医曰く私は「異例のスピードで悪化している」だそうです。
発症してたった半年で車椅子生活になりました。
色々な原因があるかとは思いますが、最大の原因は
「家族の理解のなさ」「闘病環境」にあると主治医は言います。



仕事も急遽退職をせざるを得ず、そのことで責められ。
家事などの手伝いを頼んでも一切協力をしてもらえず。
だからといって家事の手抜きをすると叱られ。
寝ていると叱られ、車椅子に座っていると「精神的苦痛を感じる」と言われ。
そのくせ、障害者の控除などは光の速さで手続きをとり喜ぶ。


主治医が何度注意しても改善することなく終わりました。



そして今も。
家事の負担が減ったぶん、多少はゆるやかになっているでしょうが
どんどん悪化しながら毎日を過ごしています。
やはりここでも「理解のなさ」「闘病環境」がネックになっています。



「じゃあそこから出ればいいじゃない」と言われるかもしれません。
私も出られたらどんなにいいかと思います。
ですが1級とはいえ、障害年金だけではとても自活していけません。
両親も姉弟もおりますので生活保護を受ける権利は当然ありません。


Twitterでこんな言葉を見つけました。


実家にいて親から虐待受けてるひとの場合も
「早く逃げて」ってわりと気軽に言われがちだけど、
それが出来たら苦労しないんだって。
今生活してるところから逃げて他の場所で生きるって大変なことだよ。
逃げられるならもうとっくに逃げてる。


言い訳だと言われるかもしれませんが、このとおりなんです。
鬼ごっごじゃないんです。かくれんぼでもないのです。
逃げられないのです。場所もないのです。お金もないのです。



またある日。こんな言葉も見つけました。


苦しさを訴えている人に対して
「お前なんかまだ恵まれている、
世間(世界)にはもっと恵まれない人がいる」
という論法で諭すことには何の意味もない。
その人より苦しい人がいることが、
その人の苦しみやそれ自体の解決にはなんの関係もない。


ずっと昔、鬱病と闘っていた頃、多くの人によく言われました。
「アフリカとかには生きたくても生きられない人がいるんだぞ!」って。
確かにそのとおりです。その方々から見れば命を無駄にしています。
腹がたって仕方がないでしょう。その命くれ!とおっしゃるでしょう。
別にアフリカに限らず、国内でも私よりもっともっと苦しんでいる方はいます。
私はまだまだ恵まれていると自覚しています。


それでも。
比較するものではないのです。私からしたら「だからどうした」です。
その人が辛かったら、もうそれは「どうしようもなく世界一辛い」んです。
でも・・・理解があるだけで肩の荷がおります。
よい闘病環境にいれば病気の悪化の坂がゆるやかになります。
たとえ病気が一生治らなくても、楽しい生活がおくれるようになるのです。


そういう環境を自分は作りたい。
主治医と相談しながらやっていますが・・・結果を出せていません。
病気だけでなく無理解や環境と闘うのに・・・もう疲れました。