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ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

東日本大震災から3年半~いわき旅行記まとめ


本日は東日本大震災から3年半の月命日です。
避難者はいまだ24万人を超え、仮設住宅暮らしの方は19万人。
そして悲しいことに、お亡くなりになった旦那様を追って
自ら命を絶たれた方のニュースも入ってきました。
その方のお住まいは先日お邪魔したばかりの福島県楢葉町
せっかく命が助かったのに、こんな形で旅立たせたくないよ・・・。


今日は3年半という節目の日のせいか、我が生息地の新聞でも
東日本大震災について色々取り上げられておりました。
もちろん悪いことではないのですが、節目の時だけ騒ぐ?のは
なんだかなあ・・・と思ってしまう自分がいます。
他にも大きなニュースがありますし、毎日書けなんて言えませんが
せめて月命日くらい・・・はと思ってしまいます。




東日本大震災が起こった日から毎月11日は祈りをこめて
自分なりの思いを書くと決め、実行しておりますが
今日はいわき市旅行のまとめも兼ねて書かせていただきます。



確か・・・いわき市から楢葉町へ向かう道だったでしょうか。
津波が起こった海沿いのはずなのに防風林がしっかりある場所がありました。
海沿いは陸前高田の奇跡の一本松のような光景を想像していたので
しっかりと立っている木々にとても驚きました。


3日間アテンドをしてくださった高橋さんのお話によると


陸前高田の木の根っこは横に広がっていたのに対し
このあたりの木の根っこは下へ奥深く広がっている。
そのおかげであの津波にも耐えられた」


とのことでした。
あの・・・トラックや家までものまれてしまう津波に耐えた木々。
自然の力の凄さを別の意味で感じました。



ですが、そこに不思議な工事が行われていました。
防風林がしっかりとあるのに、堤防を造っていたのです。
今ある防風林たちが次の津波にも絶対耐えられるのか?と言われると
即答は出来ませんが、他に早く作る場所があるのでは?と感じました。

必要としている場所に、早く必要な工事を。お願いします。




またたくさんの仮設住宅を道沿いから見ました。
お住まいの方に対して、非常に失礼な物言いになりますが
「こんなところにもう3年以上も住んでいるの?!」というような
なんとも表現しがたい想いがこみあげました。
申し訳ございません。うまく文章に出来ません。
「不憫だ」とか「可哀想」とかではなく・・・なんで?という気持ちに近い。

いざ自分がここに住んでみたら・・・と想像をしました。
お世辞にも「住めば都」とは言えないな、と思いました。
お亡くなりになった旦那様のあとを追って亡くなった方の話を書きましたが
その方も仮設住宅にお住まいでした。なんとなく気持ちが分からなくもない。
そんな光景だったんです、仮設住宅
色鮮やかな花の鉢植えなどもちらりと見えましたし、
当たり前ですが、人が住んでいるあたたかさはあるのですよ。
それでも・・・早くここから出て新しい生活を!と叫びたくなる。



新聞の震災関係記事を読みながら、つくづく思いました。
自分でみたものとメディアから伝わるものには違いがある。
当然ですがメディアが嘘を書いている、という意味ではありません。
どこか他人事のような・・・もう終わった話だけどもう1度、みたいな
なにか大きな隔たりがある。現地の景色と空気となんか違う。
今までは感じなかった「なにかの壁」を痛感しました。



これからも決して他人事とは思わずに。
メディアの情報はもちろんのこと、私が感じた壁を取り払うように
これからも各地で頑張る被災者さまを応援していきたいです。