ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

東日本大震災から3年7ヶ月


本日は東日本大震災から3年と7ヶ月の日です。
まもなく4度目の冬がやってきます。
8月の旅行でみた、仮設住宅たち・・・。
寒い地域で、あの家に住む厳しさ。
早く安定した住宅へと願わずにはいられません。


全村避難となっている飯舘村の住民が暮らしている仮設住宅地。
ほとんどの方がここで初めて4畳半の家を見たそうです。
飯舘村にはいっておりませんが、どこの家も本当に立派なものでした。
一緒にするなと言われるかもしれませんが、私もずっと一戸建てで育ち、
結婚して初めてアパート暮らしをしたとき、慣れなくて大変でした。
仮設住宅じゃあ、死にたくねえ」とおっしゃる方もいるとか。
「仮設はもう辛い」と・・・心身ともに疲れ果て自ら命を絶った方も。


復興工事の関係、どこに建設するか、問題は色々あるでしょうが
どうか家はゆっくり安らげる場所であってほしいです。




家といえば・・・8月の福島県旅行でJヴィレッジへ行ってきました。
(車から降りることは出来ないため、通っただけですが)
周りには仮設住宅よりひどいんじゃないか?と思う建物がありました。


住んだどころかお邪魔したことさえもないので真意は不明ですが
折りたたみ式携帯を閉じる音がお隣さんまで聞こえるとか
画鋲を挿したら隣の部屋までつきぬけたとか(←どんな画鋲だ)
ドアチャイムをならしたら4件先の方まで出てきたとかいう
某アパートよりひどかったんです、本当に。


その建物の正体は・・・福島原発で働く方々の宿舎でした。
窓の数を数えて・・・いったいどんな狭い部屋なの?!
布団敷いたらもういっぱいいっぱいじゃないか?
中をみていないのに言うのもなんですが、本当に酷い住宅だったんです。
よそから来た私が、外から見ただけの私が、心からそう思うほど。


原発事故に関するご意見は色々あります。
ですが、今も命がけで仕事をする作業員さんには頭があがりません。
それだけは決して間違ったことではないと思うのです。
もっと待遇をよくしてください・・・と願わずにはいられませんでした。
車の中で「あんな家は酷いよ」とつぶやきまくっていました。




金銭の問題や身体の関係があるのでいつになるかわかりませんが
また福島県へ行きたいと思っています。
最初の旅行とは違う、8月にみたものがあるからこそ、また行きたい。


その頃にはどうか少しでもいい方向にすすんでいることを祈ります。