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ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

東日本大震災から4年と1ヶ月


先日、謎の高熱(インフルエンザでもマイコプラズマでもない)で
ダウンしてからあちこち体調がおかしい私です。
毎月11日は東日本大震災の月命日として私の思いを勝手ながら
書かせて頂いているのですが、今月は少し短めでご無礼します。


先月は4年の節目ということでテレビの番組からCMまで、新聞にネット
各メディアが東日本大震災について取り上げていました。
月命日の今日・・・というより3月11日を過ぎて数日後。
この表現が的確かどうか自分でも悩んでいるのですが
まるで「祭りのあと」のように静かになってしまうことに違和感を感じます。
もちろん毎日様々なニュースが飛び込んできますし
私を含め、人々は日々の暮らしが最優先です。
毎日毎日被災地のことばかり考えているわけにはいきません。


ですが3月11日だけワーッと騒いで、当時の様子を映しだし
この時だけは被災地で暮らす人々のもとへ取材殺到。
なんだかな・・・って思ってしまうのです。
そうじゃないだろう、って。
毎日ニュースで天気予報を放映するように、
「今日の被災地」があってもいいのではないか?と思うのです。


つい先日、facebokで被災地の方が「ゴミのポイ捨て禁止」の看板を
要所に立てたというニュースを拝見しました。
そのゴミは誰が捨てたものでしょう?
たとえ誰のものでも、自分が出したゴミは持ち帰るか、
きちんとした場所に捨てるのが常識です。子供でも分かることです。
被災地の皆様はそんな看板をたてるために時間をさく必要なんてない。
でも・・・時間をさいてで立てた看板。あなたはどう思いますか?