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ごきげんな日々とそうでもない日々。

4つの難病を抱えながら生きるヒトのなんでもないようでどうでもある日常。

4年経ってようやく反省している


今日は節分ですね。豆まきやすっかり定番となった恵方巻きはしましたか?
4年前から私にとって今日は節分ではなく「離婚した日」になっています。


4年間、1度も会っていませんが共通の友人が多いので元夫の話は耳にします。
彼は今、水を得た魚の如く活き活きとしているそうです。
「悔しい」と思うのと同時に「よかった」とも思います。
そして「申し訳ないことをした」とも思いはじめました。





離婚の引き金は元夫の「障害者の妻なんて精神的苦痛だ」の一言でした。
如何なる理由があろうとも、障害者にかける言葉ではありません。
私だって好きで障害者になったんじゃない。
なぜ両親はおろか祖母より早く車椅子と寝たきりの日々を送らねばならないのか。
上から目線かもしれませんが、1番苦しいのは障害者自身です。
愛する人から言われたこの言葉は4年経っても色褪せることもなく
力を弱めることもなく、今もなお私を傷つけ血を流し続けています。
一生忘れることなんて出来ない、辛い言葉です。


でも。
これだけ聞くと、元夫が悪い!と思うでしょうが。
さきほど書いたとおり最近の私は「私が悪い。彼の人生を壊したのは私」と
思って、彼に申し訳なくて仕方がないのです。
今更気づいたのか!この期に及んで何を言ってるんだか、ですが。
(念のため申し上げますが復縁する気はありません)




せっかく若い妻を迎えたのに、新婚早々酷い鬱病を発症し5年も闘病生活を送りました。
入院も休職もなんどもしました。家で暴れたことも数えきれないくらいです。
仕事をしながら、そんな妻を支える元夫の苦労はいかばかりだったでしょう。


やっと治ったと思ったら、2度の流産。
子供を欲しがっていた彼。
どんなにショックだったでしょう。
「子供は諦めてください」と医師から告げられ、どんなに悔しかったことでしょう。



「じゃあ夫婦ふたりで人生楽しんでいこう!」と決めたところへ不況の波が襲い、
スキルが何もない私は何度もリストラにあい、安定しない派遣社員で食いしのぐ日々。
元夫の給料のみで充分家計は回りましたが、やはり不安はあるものです。


そしてある日突然倒れ、次々と合併症を引き起こし、
たった半年で4つの難病をかかえた車椅子生活者に。
専門医もおらず、薬どころか治療法も原因すら分からない。いつ死ぬか分からない。
明日かもしれないし意外と長生きするかもしれない。
誰にも分からない暗闇の闘病生活。






こう考えると約10年の結婚生活は彼にとっては
心労の絶えない日々だったんじゃないかと思うのです。
故意ではないとはいえ、彼の人生設計を次々と破壊した私。
彼の自由と幸せを奪ったのは私。






もう届かないし、届けても意味はなく時間も戻せないけど。
元旦那様、どうかこれからはずっと幸せでいてください。